その他

はるかのひまわり(ボランティア部)

6月19日(金)に、ボランティア部で「はるかのひまわり」を種まきしました。

この「はるかのひまわり」は、「加藤はるか」ちゃんの名前がつけられたひまわりです。

平成7年1月17日に起こった阪神淡路大震災のことです。神戸に住んでいたはるかちゃんは、この大きな地震で崩れてしまった家の瓦礫の下敷きになってしまいました。地震の7時間後に発見されましたが、はるかちゃんの命は助かりませんでした。

それから半年後、はるかちゃんの家のあった空き地の、はるかちゃんの遺体を発見した場所に、無数のひまわりの花が、力強く、太陽に向かって咲いていました。

はるかちゃんのお母さんはひまわりを見て、「娘がひまわりになって帰ってきた」と涙しました。そして、このひまわりを近所の人々は「はるかのひまわり」と名づけたのです。

はるかちゃんを助け出せなかった悔しい思い、また、このような出来事を決して忘れないために、この「はるかのひまわり」を全国に普及させる活動が「はるかのひまわり絆プロジェクト」として発展し、今全国へ広がっています。

その貴重な種を寒川高校にも分けていただきました。大切に育て、大きく成長していく様子を見ながら、まるかちゃんへの思いを共有し、私たちにできることを考える機会にしたいと思います。そして、寒川高校でのたくさんの思い出の詰まった種をまた、次の地域へ手渡すことのできるよう、絆のバトンを繋いでいきたいと思います。

「はるかのひまわり」の成長記録を、随時更新していきます。

神前八十八ヶ所の清掃活動(ボランティア部)

11月16日に神前八十八ヶ所の清掃活動・献花にボランティア部が参加しました。
地域の方々が育てた花束に、寒川高校で育てた花も一緒に、献花させて頂きました。

寒川高校で育てた花です。

1番から88番まで、1つずつ、丁寧に。

これが88番。

この神前八十八ヶ所は、安政6年という年号の記された寄付人の石碑が残っていることから、300年程前から少しずつ山を切り開いて造られ、江戸時代に完成したのではないかと考えられています。
また、八十八ヶ所の側には、法善寺があります。
廃仏毀釈により一度閉じることとなりますが、明治13(1880)年、地元の人々の寄付により、藁葺きの法善寺を再建することとなりました。このような、地元の方々の寄付で取り戻されたお寺は、非常に稀で珍しいことだそうです。それだけ地域の方の熱意により、この場所が大切にされてきたことがよく分かります。明治28(1895)年には、隔離病棟として利用されていたという記録も残っており、この八十八ヶ所を巡る人々の思いも込められていたことでしょう。
昭和56年に整備されてから今まで、地域の保存会の方々により保存活動を続けてこられています。私たちのような若い世代がその価値を残さなければ、大切な遺産はすぐに消えてなくなります。これからも地域の文化に触れ、地域の方々の思いに触れながら、保存活動に取り組んでいきたいと思います。

(文責:普通科教員)

コスモアースコンシャスアクト クリーン・キャンペーンin香川

10月13日に行われた、コスモアースコンシャスアクト クリーン・キャンペーンin香川にボランティア部が参加しました。
当日8時に鶴羽小学校に集合した参加者は、数百人の大人数。小さな子どももお年寄りも大勢いました。
4グループに分かれ、津田湾沿岸をドルフィンセンターに向けて清掃活動を行いましたが、
最初はこんな状態の海岸。

発泡スチロール、プラスチック鉢、カップラーメン等食品容器、空き瓶、空き缶、ペットボトル、巨大な産業廃棄物まで・・・あまりのゴミの多さに驚きながら、一つ一つゴミ袋に収めていきました。みんなで5袋もらったゴミ袋も、数分でいっぱいになりました。
片付けながら見つけた、小さな命。捨てられた空き瓶の中で暮らす生き物もいました。

そしてみんなで集めた、たくさんのゴミの山はこちら。まだまだゴミは残されていましたが、ここでタイムオーバー。

これらがマイクロプラスチックとなり、海の生き物の生命を奪うだけでなく、いつかは私たちの体内に、濃縮された形で帰ってきます。
そして、これが綺麗になった海岸の様子。綺麗な海、綺麗な海岸。これがいつまでも続きますように。

この素敵な海を、まずは讃岐の海から、
みんなで守っていきましょう。(文責 普通科教員)

写真・木村勇太